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ニューヨークからの手紙 −6− アメリカ社会の現実  “未来を見つめ広い世界観を”


前回は、ドキュメンタリー映画「ボウリング・フォ−・コロンバイン(Bowling For Columbine」を紹介し、それを監督したマイケル・ムア−(Michael Moore)氏がオスカー受賞のスピーチでブッシュ大統領を批判したお話しをしましたが、彼が批判した途端、音楽が流れスピーチがカットされた。これが言論の自由を訴える民主主義の国アメリカの現実でもあります。
 
私事ではありますが、僕もコンサートなどで政治家批判などをし、おしかりを受けることもよくあります。1年半ほど前に、日本のある中学校にコンサートに行きました。ちょうどワ−ルドトレードセンターのテロ事件直後で、ブッシュ大統領がアフガニスタンを攻撃するだの、十字軍の戦いだ、などとばかげたことを叫んでいたので、演奏の合間のしゃべりでブッシュ批判をしました。

すると、そこに出席していたひとりの先生が「一国の大統領を批判するとは何ごとだ。政治家はわれわれ庶民の理解できないところで考え、行動して国を動かしているのだから、簡単に批判するべきではない」と、メ−ルをいただきました。
さっそく僕もメ−ルの返事を出しました。「われわれ庶民がわからないところで政治が行われるなんて、民主主義社会とは言えない。政治家はわれわれ庶民の意見を聞き、庶民のために働くのが義務だと思います」と。

その先生からは「ご意見はよくわかりました」と返事をいただきましたが、あとで心配に思ったことがあります。この先生は生徒に対しても、僕に言ったような意見を語っているのではないだろうか? 僕は学生たちに自分の意見をしっかり持ち、勇気を持ってそれを語ることができる大人になってほしいと思っています。21世紀になっても「お役人様の言うことは黙って聞きなさい」なんていう考えを持っているなんて、ちょっと驚き、またがっかりもしました。自分の意見をはっきり言うと、まわりの風当たりが強くなるのも現実でしょうけど。

ムア−監督もこう言っています。「自身の意見をはっきり言うと、後悔することが世の中には多い。仕事がなくなり、経済的なダメージを受ける。友達も失う」。
今回も大統領批判をしたことで彼の損失は大きいと誰もが予想しました。しかし、結果は違った。彼の映画を観に来る観客は増え、彼の著書「ばかな白人(ステュ−ピッド・ホワイトマン)」はベストセラーになりました。この本の中でも、2001年の大統領選挙がブッシュ派によるインチキ選挙であったことが、調査をもとに紹介されています。彼のウェブサイトへのアクセスは1日1200万件にものぼりました。批判のメ−ルも多いものの、支援のメ−ルも増えたそうです。

彼のような人物はアメリカ社会で命を狙われてもおかしくないかもしれません。しかし、アメリカ社会にも彼のような生き方をする人はたくさんいます。僕も彼を見習って、勇気を持ち、自身の意見を叫び続けようと思います。僕のまわりにも、人のため、社会のために行動する無名の人たちがたくさんいます。また世界中にもたくさんいることと信じます。そういう人たちと触れ合うたびに、僕はいつも希望と勇気をもらいます。

最近聞いた素敵な話を最後にご紹介しましょう。アフリカ・ケニアのアンガリ・マタイさんという女性が始めた植林ボランティアの話です。
「すっかり荒れ地になったケニアの地に木を植えよう」。賛同する多くの女性が集まって来ました。マタイさんは言います。「この活動は私たちの子供のため、孫のため、未来の人たちのため」と。
素敵じゃないですか? 自分のためという小さな世界観しか持っていない人が多いと言われる現代で、彼女のように大きな心で世界を変えようと思い行動する人が増えないかぎり、世界は平和にならないのではないでしょうか?


(毎日新聞社点字毎日2003年6月19日掲載。禁無断転載)