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ニューヨークからの手紙 −8− ジョンとナンシーの結婚<下>  “詐欺師と決別し、ゴールイン”


ブルースの自慢話がひととおり終わると、私とリサも簡単に自己紹介をした。その後も彼の一方的な話に私たちが相づちを打っているような会話が続いた。私とリサはジョンのバースディパーティーに行く時間がせまってきたので、少しあせり始めていた。
それに気づいたブルースは「どちらかにお約束でもあるのですか?」と聞いてきた。「ええ。6時に友人のところに行くことになっているのです」と答えると、彼が「じゃあ引き止めるのも悪いし、どうぞお帰りください」と言った。
私がリサに「じゃあ、失礼しようか?」と言うと、ナンシーの態度がおかしいのに気づいたリサが、彼女に「あなたはどうするの?」とたずねた。「私も一緒に行きます」とナンシーが答えた。

その瞬間、ブルースの態度が一変した。いきなり大きな声でナンシーに向かって「おまえはここに残るんだ。今日はおれと話をするために来たんだろう! 今夜はこのホテルも予約してあるし、ゆっくり話そうじゃないか!」。
ナンシーは返事をしない。リサがナンシーに「私たちと一緒に来たかったら、来てもいいのよ」と言うと、ブルースが「リサ、あなたはよけいなことは言わないでほしい」と、大声で叫んだ。静かなホテルのラウンジである。まわりの人がいっせいに注目したように感じた。
 
女性を大声で怒鳴るなんて最低の男だ。女性の味方、私、加納洋がここで黙っていたら男がすたる。ブルースに向かって私が、「ナンシーが私たちと一緒に来たいというのだから、行かせてあげたらどうですか」と言うと、ブルースが「なんで他人の君が口をはさむんだ。ひょっとして君はナンシーに気があるのか?」とばかなことを言い始めた。

こういう男はもっとからかってやりたいと思うのが、私の性格である。「そりゃあ、こんな素敵な女性、どんな男でも好きになるでしょう。あなたもそのひとりかもしれないけど、嫌われたらきっぱり諦めるほうが男らしいですよ」と、説教してやった。するとブルースが、「僕にたてついたらニューヨーク、いやアメリカで仕事ができなくなるぞ。音楽業界にもたくさん友達がいるんだ」。

まぁ、弱い人間はどこまでいっても脅しの手しかないようである。「どうぞ、どうぞ。僕の舞台は世界ですから、アメリカぐらいで仕事がなくなっても平気ですよ。話の途中ですが、これで失礼します」と言って、ナンシーの手を取りその場を立ち去ろうとすると、「逃げるのか?」とブルースがまたもや怒鳴る。「こわいから逃げます。はっはっは」と私。するとブルースがナンシーに向かって、「戻って来ないとどうなるか、わかっているのか?」と叫んだ。
何度か大声を出し、ホテルの従業員に注意されていた彼は、力ずくでナンシーを連れ戻そうとはしなかった。

私たちはタクシーに乗り込み、ジョンの家へと向かった。車中でナンシーがおびえながら、「あの人は短気だから何をするかわからないわ」と言う。私は「あいつは単なる憶病者だよ。心配することはない」と勇気づけた。
ジョンの家に着き事情を話すと、みんなが暖かくナンシーを迎えてくれた。しかし、彼女は元気がない。私はなんとか彼女を励まそうと、「ブルースのようなろくでもない男より、ここにいるジョンのような男と付き合いなよ」と言った。
ジョンがそれほどナンシーにとって良い相手だと思ったわけではないが、ほかに適当な男性がいなかった。どうも彼女は私のその言葉を信用したようである。

その後、ジョンとナンシーは長距離恋愛を続け、今年6月に結婚にゴールインした。あのあと、ブルースはナンシーに何度か脅迫めいた電話をしてきた。警察に訴えると、なんと彼は、ナンシーと知り合う前にケンタッキー州で2人の女性に結婚詐欺をはたらいていた。彼が捕まらないのは、アメリカでも田舎に住む人たちは世間体を気にし、訴えを取り下げるケースが多いからということだ。
ジョンとナンシー、なんだか頼りない二人だが、幸せな家庭を築いてほしいと思う、私、加納洋であります。


(毎日新聞社点字毎日2003年8月21日掲載。禁無断転載)