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点字ジャーナル96年7月号より
ミュージックサロン 天才ピアニストの問わず語り 1
指輪を飲んだカップル
いわゆる”食えない音楽家”をニューヨークでは“ハングリーミュージシャン”と呼ぶ。でも、彼らも人並みに恋愛もしたいし、結婚もしたい。そして、子どもも欲しいし、家も持ちたいのだ。しかし、恋愛ぐらいはできても、結婚となると、これがなかなか難しい。
僕の友人でサックスプレイヤーのE君は32歳。彼はマンハッタンのレストランでアルバイトをしながら、音楽を勉強している。しかも感心なことに、彼女もいないのに、結婚指輪を買うお金を今から貯金している。僕はその話を聞いて、すぐに彼にこう言ってやった。
「結婚指輪を買う心配をする前に、まず彼女を探しなよ」と。
それに対してやっこさんは、「洋さん、2、3千ドルないと婚約指輪は買えないんですよ。彼女が見つかってから貯め始めたらとても間に合わないじゃないですか」と。
2、3千ドルといったら、邦貨で2、30万円。日本だったら学生でも持っている金額なので、読者の中には少々驚かれる方もいるかもしれない。しかし、E君などはまだましなほうで、僕の周りには日本人といわず、アメリカ人といわず、ハングリー(腹ぺこ)なミュージシャンがいっぱいいる。僕はなんとかE君を励まそうと、数人の友達を集め、指輪を買えなくても立派に結婚している人たちのちょっといい話をすることにした。
まず、ベースプレイヤーのN君の話。彼の奥さんのファミリーは、大変な大金持ちである。このためN君は結婚資金に困っていた。もっとも、アメリカでは披露宴の費用は女性の両親が持つのがしきたりなので、その心配はないのだが、安っぽい婚約指輪などあげられるはずがない。しかも彼の貯金は500ドルもなく、結婚の約束をしたものの、途方に暮れる毎日だ。
そんなある日、落ち込んでいた彼に、神の恵みが届いた。地下鉄のホームでキラリと光るものがあったのだ。それはなんと、ダイヤの指輪であった。それを直して、買ったようなふりをして彼女にプレゼントすれば、申し分のないエンゲージリングである。しかし、あまりにも嬉しかったので、彼は我を忘れ、彼女に指輪を拾ったことをうっかり話してしまった。こんなとき普通は、こんなもの私によこして、というところだろうが、彼女は満面に笑みを浮かべ、感謝してその指輪を受け取ったという。
ギタリストのH君は、お金もないし、クレジットカードもない。そこで、彼女のクレジットカードで、彼女に指輪を買ったそうだ。ドラマーのO君は、自分の親に頼めばなんとかなったそうだが、さんざん親にお金を無心して返していないものだから、もうこれ以上は頼めない。そこで、彼女のお母さんにお金を借り、指輪を買った。もちろんそのお金は、いまだに返していない。
これだけ話してもE君はまだ心配そうな表情で、「僕にはそんなことできないよ」なんて、とてもミュージシャンとは思えないようなことを言う。真面目で、几帳面で、おとなしいというのが彼の欠点で、これでは結婚どころか、恋愛も覚束ない。
そこで僕は、とっておきの話をすることにした。もっとも、このカップル、ミュージシャンでも、マンハッタン在住でもない。彼らはヘレンケラー・アソシエーションという東京の立派な社会福祉団体の職員である。彼らは、今でこそ世間並みの生活をしているが、結婚したときはハングリーであった。そこで、指輪を買うと言って、両方の親から金を借りた。しかし、お酒が好きな彼らは、それ以来夜ごと飲み屋を梯子するようになり、すっかり指輪を飲んでしまった。だから、今でも彼らに指輪はない。それでも離婚もしないで、20年以上幸せな結婚生活を続け、子どもも成長し、今や大学生である。高価な指輪や立派な結婚式に莫大なお金を使っても、幸せな結婚生活ができる保証はない。そこで最後にE君に、ビシッと言ってやった。
「立派な指輪を買う心配をするなら、まず、そんなもので君の愛情をはかるような女性にひっかからないことだ。指輪はなくとも、お酒を飲んで、楽しく語らえば、幸せは向こうからやってくる」、なんて自分のことは棚に上げて、32歳の青年にとうとうと説教してしまった。
加納洋、41歳。天才ピアニストながら、いまだ独身。
(了)
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