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点字ジャーナル96年11月号より
ミュージックサロン 天才ピアニストの問わず語り
米国大国で荒稼ぎ
アメリカのミュージシャンにとって、カーネギーホールで演奏することは大きな夢である。それは音楽家としての成功を意味するからだ。そのため、ミュージシャンジョークのひとつにこういうのがある。
マンハッタンへやって来た旅行者が、街頭でサックスを吹いていた男に道を尋ねた。
「カーネギーホールへはどうやって行くのでしょう」
それに対して男が答えた。
「俺みたいに一生懸命練習することだな」と。
ところで最近、わけのわからないミュージシャンがカーネギーホールを借り切ってよくコンサートをやる。たぶん帰国したら、「俺はカーネギーホールでコンサートを開いた」とでも自慢するのだろう。こういう人たちは当然、カーネギーの招待でカーネギー主催の由緒あるコンサートに出るわけではない。
カーネギーホールといっても、コンサートをやっていない日も年間を通せばかなりある。こんな日にホールを1日借りても、600ドル程度だから、邦貨で約60万円。東京でこんなに安く借りられるコンサートホールなんて、まずない。このため日本からはママさんコーラスをはじめ、地方にある民謡愛好会、聞いたこともないようなバンド、そしてアメリカでは誰も知らないアイドル歌手などが、わんさか音楽の殿堂めがけて押しかけて来る。
この前なんか、ろくすっぽピアノも弾けない男がカーネギーに登場。ヒーリングミュージックなどと勝手な名前を付け、もっともらしい誇大広告をしていた。僕の友人はタダ券をもらったので行ったそうだが、なんともひどいピアノ演奏だったらしい。観客は100人弱で、そのほとんどが日本から来た、演奏者の友達とも親族とも言えない人たちばかり。みんな和服を着て、音楽とも雑音ともつかない演奏を神妙な顔をして聴いていたそうだ。
僕の友人は、あまりのひどさに腹を立てて、すぐに帰ったそうだが、馬鹿げたパフォーマンスはもういいかげんにしてほしいものである。金にあかして、カーネギーホールでくだらないイベントをやること自体、貧乏にもめげず、一生懸命音楽に命をかけている者への侮辱である。モラルのかけらもないようなミュージシャンでも、このような破廉恥には、みんな心底頭に来ている。
ところで、これも最近のトレンドだが、日本の歌手がニューヨークでよくレコーディングをするようになった。日本でアルバムを作るより制作費が安くすみ、しかも箔がつくからだ。たとえば、スタジオの使用料などは東京の4分の1の値段。それにかなり有名なミュージシャンをバックに使っても、ギャラは日本より安い。このためジャリタレの旅費や宿泊費をかけても、十分に採算が合うのだ。
それはまぁいいとして、日本の音楽産業の商魂にはいささか恐れ入るものがある。見境なく買い漁った結果、昔のジャズの名盤の版権は、いまやほとんどが日本のレコード会社のものだ。だから近頃、それらの名盤は、真っ先に日本で再発売される。そして数ヵ月してやっと、アメリカその他の国で発売されるのだ。日本はCDが高いので、先に売らないと安い輸入版に食われてしまうからだという。
確かにCDのプレス代も、日本よりアメリカのほうがはるかに安い。僕が最近見たプレス会社の広告には、ジャケットデザイン、プラスチックケース包装がついて、千枚1000ドルと書いてあった。まあ、レコーディングの費用がかかるとしても、制作費は1枚12ドルくらいでもいけるだろう。これだとミュージシャンが自費出版しても、大損しないですむ。
こんな日米の格差があるため、有名なアーティストも、まず日本市場で荒稼ぎする。僕が尊敬するあのスティービー・ワンダーも、昨年3月に、まず日本のポリドールでニューアルバム「ナチュラル・ワンダー・ライブ」をリリースした。そして、2、3ヵ月たってからアメリカで発売。彼などは、まだ非常に良心的なほうで、アーティストによっては2、3ヵ月どころか、日本で発売して1年もたった頃、やっとアメリカで発売するという有様だ。もうこうなると、彼はいったいどこの国のミュージシャンかわからなくなってしまう。
アメリカのファンが離れないか心配ではないのだろうか。
(了)
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