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点字ジャーナル97年5月号
ミュージックサロン 天才ピアニストの問わず語り 6


アマト・オペラ   


今回は皆さんにニューヨークの素晴らしいオペラ・カンパニーを紹介しましょう。

ニューヨークでオペラと言えば、あのメトロポリタン・オペラとか、ニューヨーク・シティ・オペラがあまりにも有名です。この2つのオペラ・カンパニーのことなら、そのへんにある音楽雑誌や記事で紹介記事を簡単に見つけられるでしょう。私、加納洋がわざわざ足を運んで取材するまでもありません。今回私がご紹介するのは、マンハッタンの学生街であるグリニッジ・ビレッジに劇場を構えるオペラ・カンパニーです。

それはちょっと小ぶりではありますが、その芸術性において、メトロポリタン・オペラにも決して引けを取らないユニークなものです。その名を「アマト・オペラ」といい、今年創立50周年を迎えます。創立者のアンソニー・アマト氏は、現在78歳ですが、年齢を感じさせない元気一杯のおじいちゃんです。彼はもともと、声楽やオペラを教える教師でした。しかし、優秀な生徒であっても、当時オペラを演じる機会はほとんどありませんでした。それを見かねて彼は、自力でこのカンパニーを起こしたのです。

このため彼の仕事は多岐に渡っており、音楽監督からオーケストラの指揮、演技や歌唱指導、そしてもちろん経営、さらにはトラックの運転までします。それもそのはずで、このカンパニーは彼と彼の奥さんの2人だけで運営されているのです。奥さんが衣装とピーアール、それに経理を担当、そしてさらにオペラ公演中は彼女が照明係をやり、公演の休憩時間にはホームメイドクッキーとお茶の売り子にもなります。

こんなパパママショップではありますが、米オペラ界に一石を投じ、しかも50年間も続いているのは、その実績が高く評価されているからにほかなりません。アマト・オペラのこじんまりとした劇場は、以前倉庫だったビルを改造したものです。1回がバルコニー席で、地下がオーケストラ・ピットです。客席はたった107席で、舞台の大きさも、奥行きが5.5メートルで、横が9メートルしかありません。しかし、小さいながらもちゃんとセリもあり、オペラハウスにつきもののシャンデリアも燦然と輝いています。しかし、楽屋がないため、出演者は衣装を着替えるとなると、もう大変です。舞台脇から表に出て、駐車場を走り、ビルの正面入り口から2階に上がり、そこで着替え、また走って劇場にとって返すのです。

普通、無名のオペラ歌手がオペラに出演するチャンスを得ることは、現在でも大変難しいことです。このため出演できても、ノーギャラどころか、お金を払って出演させてもらうのがあたりまえといいます。しかし、アマト・オペラでは必ず事前にオーディションを行い、わずかであっても必ずギャラを払うようにしています。昔、経営が大変なときには、こんなことがあったそうです。

ある男がやって来て、5千ドル(当時の邦貨で約100万円相当)出すから主役をやらせてくれと言ったそうです。しかし、アマト氏は、あなたの歌を聴いてみないとなんとも言えない、と答え、オーディションを行いました。ところが、あまりにひどい歌だったので、きっぱり断ったそうです。すると、その男は他のカンパニーに出演し、5千ドルで主役を買ったといいます。

小さいけれども、しっかりとしたポリシーを持って、苦しいときは歯を食いしばって活動してきたのが、このカンパニーの誇りです。それがやっと実を結び、最近では公演が毎回満員御礼の状態です。でも、ここまでくるのに45年かかったと、彼は笑いながら語ってくれました。アマト・オペラ出身の有名なオペラ歌手が増えるとともに、経営も少しずつ安定してきたのです。

しかし彼は、このカンパニーをこれ以上大きくするつもりはないと言います。大きくすれば、音楽ユニオンに入らなければならず、チケットの値段からプログラムの内容まで干渉されます。それではこのカンパニーの存在する意味がありません。そう話す彼とのインタビューを通し、自分がすべて責任を持って、いいオペラを安くみんなに見てもらいたいという彼の情熱がふつふつと感じられました。

これからもアマトさんは、若い人たちにオペラを演じる機会を与え続け、たくさんのいいオペラ歌手を育てたいと考えています。僕がインタビューにおじゃましたときも、オーディションの最中でした。アマト氏は、オーディションに来た人たちにコーヒーを運んだり、ていねいにいろいろなアドバイスをしていました。これはニューヨークのほかのオーディションでは決して見ることのできない光景です。

アマト氏の、いいものを作っていきたいという情熱が、経済的なピンチも乗り越え、50年間も続けてくることができた大きな理由でしょう。

(了)


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